「てるてる家族」放映記念
 自慢の先輩シリーズ
NHK朝ドラ「てるてる家族」のお父さん


石田 治 氏(旧制18回)

まえがき 

 平成15年10月から始まったNHKテレビの連続・朝ドラの「てるてる家族」が好評のようです。昭和30〜40年代の大阪を舞台に、パン屋を営みながら4人の娘たちを見事に育てていく肝っ玉母さん・照子(浅野ゆう子)と家族の夢と笑いと涙で描いたホームドラマで、なかにし礼夫人たる4女・岩田冬子の視点から、その成長とともに豊かに描いています。大阪府池田市栄町のパン屋と梅田アリーナ内の喫茶店などがドラマの舞台のようです。
 一流銀行を辞めて「これからは喰い物の時代だ」とパン焼きの修業をして池田の自宅でパン屋を開業。オート三輪に乗って活躍する父さんこそ、東商大先輩の石田 治氏その人です。4人の娘を育てた朝ドラの物語は、「ホンマに実話ですわ」と笑顔で語られた本物の父さんは、ドラマの父さんよりはるかに男前でした。4女の婿・なかにし礼がドラマの作者です。東商先輩の家族ドラマを応援してあげて下さい。

平成15年10月21日取材  大西吉雄(新2)記)




―――東商時代で思い出されることは?

東商入学は昭和10年4月。卒業が15年(1940年)3月。3年から柔道部へ入部しました。14年秋、大阪府中学校大会で優勝して神宮の全国中学校大会へ出場しました。柔道部員は約20名も居ました。達脇・室田(3年)、後藤・嶋(2年)の2段連中が遠征メンバーに選ばれました。


―――東商柔道部の第1期黄金時代ですか?

そうですね。私はまだ初段でしたが・・・。


―――先生方で思い出されるのは?

一番思い出の濃いのは森本喜次郎先生(英語 渾名はキリン)です。5年間クラスが変わっても毎年、担任でした。ほかに白石一郎先生・黒羽資雄先生・百渓 友先生(赤ちょん)みんなお亡くなりになりましたね。私も大正11年生まれの80歳ですからね。


―――朝鮮・満州への卒業旅行は18回が最後とか?

そうです。九州一周旅行とふたつの組に分かれました。在籍約100人がほぼ半分づづとなりました。広軌の蒸気機関車・特急「亜細亜号」で釜山から京城(現ソウル)―平壌(何もない田舎でしたね)―新義州―奉天―新京―ハルピンへの2週間の旅でした。得難い経験でしたね。参加費用80円は一流会社の課長級の月給でした。東商の生徒は恵まれた家庭が多かったのでしょうね。


―――就職は・・?

15年3月に卒業して、北浜の三井信託銀行大阪支店へ奉職 しました。初任給は40円。しかし、東京本店の銀行で中学校だけの学歴では、将来性はないと悟りました。


―――兵役へは?

当時は、20歳になると、「兵役検査」という名の全裸での健康検査がありました。甲種・乙種が合格で、丙種は不合格です。「赤紙」が来て出征という時代の以前です。17年4月に20歳になり甲種合格。当時は第4師団の所属で、船場以北は8連隊へ入隊。以南は 37連隊へ入隊しました。入隊のために天王寺公園に集合して即、貨物船に乗せられました。行き先を知らされず、着いた港は香港島の半島側の九龍でした。
 2等兵の月給は9円。少尉が80円で留守宅手当も同額ありました。半年を経ったら、中学卒業者には幹部候補生の受験資格ができました。幸いにも、「兵科」に合格しましたが、私は、さらに「経理」も受けました。まことに驚愕したのですが、100人に2人の合格率でした。帰国して小平の経理学校で8ヶ月間の教育を受けて、見習い士官となりました。月給は9円から25円に上がり、大牟田の捕虜収容所勤務となりました。そこには、フイリッピンで降伏した米国人捕虜1200人、シンガポールでの英国人捕虜300人、ジャワ島でのオランダ軍捕虜200人の合計1700人も収容されていました。将校と衛生兵には労働はさせず、国際法を遵守しましたよ。



―――そろそろ任官では?

20年1月に少尉任官して月給80円になりました。福岡の西部軍司令部経理課勤務に。若いし軍服姿はよくもてましたよ。4月には結婚しました。手当もあって100円ほどに。


―――危険な戦地ではなく国内でよかったですね!

有難いことだと思っています。若い人は戦争の話を聞いてくれませんのに、おしゃべりさせられて・・・・


―――さてさて、石田さんの4女に対して、同期の永久幹事役の永井喜代次さんは「うちは4男だ」と笑っておられましたが、素晴らしい4女ですね!新版「細雪」ですね?朝ドラの4女と実際の4女とを比較して教えて下さい。

ド  ラ  マ 実際 経歴
長女 春子 治子 グルノーブル五輪アイススケーター
次女 夏子 良子 石田あゆみ 女優 歌手
三女 秋子 美恵子 主婦
四女 冬子 由利子 宝塚歌劇団卒 なかにし礼夫人


     
―――後輩にメッセージをお願いします

地道に頑張りなさい!
そして チャンスが来たとき 掴みなさい!




あとがき

 パン屋から喫茶店、そして美人4娘が活躍の朝ドラの物語は、「ホンマに実話ですわ」と笑顔で語られる目の前に座る本物のお父さんは、ドラマのお父さんよりもはるかに「かっこいい」ことだけは確かだ。いまも美しいお母さんは、今日は私の取材ではないとすねたのか、好きな「カラオケ」からお帰りになりませんでした。        (文責・大西)